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東洋のマチュピチュ&紅葉前線は?

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今日は「東洋のマチュピチュ」と迷走する紅葉の行方です。
かって世界一の産銅量を誇った別子銅山は、昭和48年(1973年)に幕を閉じました。
長い歴史を持つ別子銅山の坑道は全長700㎞、海抜マイナス1020mまで網の目のように張り
巡らされていました。
昭和5年(1930年)に採鉱本部が端出場(はでば=現マイントピア別子の場所)に移される
まで大正5年(1916年)から採鉱本部のあった東平(とうなる)は現在、マイントピア別子
東平ゾーンとして、その産業遺産が「東洋のマチュピチュ」と呼ばれ観光スポットとし
ての人気が上がっています。
マイントピア別子から車で約25分で着いた駐車場では色付いた紅葉の出迎えを受ける。

東平駐車場

東平駐車場

東平駐車場

向かいの山は

紅葉らしい紅葉はこれくらいです。
向かいの山も本来ならきれいな紅葉が見られるのですが・・・
それでも、秋の景色を求めて歩いて見ました。

駐車場から下を

インクライン跡

マユミが咲く

動力索道跡

インクライン(傾斜面を走る軌道)跡の階段(220段)を下りると、東洋のマチュピチュと
呼ばれる、貯鉱庫・動力索道跡・無動力索道などの産業遺跡が要塞の様な全貌を見せる。

全貌1

下からの全貌

右手動索道跡

貯鉱庫



マユミ

ツツジ

マユミ

ヤマジノギク

下では住宅跡、登山道を通り、娯楽場、保育園、生協(配給所)、病院の跡を見て駐車場
へ戻る。保育園跡にはコンクリート製のプールまであった。
小学校や接待所跡もあり、かってはここに4000人もの人々が暮らす町があったのです。
駐車場からは、小マンプ(軌道トンネル)、大マンプ、住宅跡、火薬庫を見ながら15分程
かけて、第三通洞(長さ1795mの主要運搬坑道で、南側の日浦通洞と連絡していた)へ向かう。
第三通洞の手前はかって東平へ移転前の採鉱本部があったところで、一段高いところには
変電所跡が残っている。

採鉱本部跡

火薬庫跡

火薬庫跡前に

変電所跡


変電所跡

アキグミ

第三通洞口

第三通洞横の谷


帰路には昨年の撮影会会場の瑞応寺と、広瀬公園へ立ち寄り紅葉状況を見て回った。
【瑞応寺】

昨年11.28

瑞応寺山門

山門横池の紅葉

銀杏もまだ緑葉

【広瀬公園】桜紅葉はもう終わり ツワブキが目立つ

モミジはまだ緑葉

ツワブキ

ツワブキ



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この記事のコメント

東平のいろいろな景を切り取りすばらしいですね。
マユミの実もきれい!
2011-11-16 Wed 15:19 | URL | 蛍 #-[ 編集]
今日の画像はまた 一段とステキです(^_-)-☆
良い所と 思わせてくれる画像ですね 
近くでしたら 是非行きたいのですが・・・(-。-)y-゜゜゜
紅葉の移りを伝えてくださり 有難うございます。
2011-11-16 Wed 18:11 | URL | maxtuki #-[ 編集]
4000人もの人がいた東平、当時住んでいた人に何人かに出会いました。山歩きを楽しんでいる人もいました。
「スイカ」をお土産にと、担いで上がったら、お店で売っていたとか!何でもあったようです。
それにしても、山奥の貯鉱庫等の産業遺跡、巨大で異様ですね。お疲れさん!
2011-11-16 Wed 19:54 | URL | きんじろう #0SFRHbKA[ 編集]
きんじろうさん!コメントありがとうございます。
当時の映像や写真を見るとその繁栄ぶりがうかがえます。
撤収も早かったようで、社宅、建物は壊して焼き払い跡に植林をしその事業が後の住友林業に
発展したとか。
残されたのはレンガ造りの建物や、花崗岩を積み上げた貯鉱庫跡、コンクリート製の橋や門柱、
石垣などでいつ訪れても、杜甫の五言律詩「春望」を連想してしまいます。
「国破山河在 城春草木深」
2011-11-16 Wed 21:32 | URL | おやっさん #-[ 編集]
蛍さんへ!
東平も紅葉はほとんどダメでした。
本当なら周りの山々が錦になるところでした。
近くの目についた秋らしきものを交えながらの撮影でした。
2011-11-16 Wed 23:07 | URL | おやっさん #-[ 編集]
Maxtukiさん!いつもコメントありがとうございます。
近年ここを訪れるツアーもいろいろあるようです。
住友繁栄の礎となった、かっては世界一の産銅量を誇った283年もの歴史を持つ銅山跡地です。
要塞を連想させる巨大な産業遺跡が「東洋のマチュピチュ」と呼ばれ人気が出てきています。
この辺りの今年の紅葉は「残念!」でした。
2011-11-16 Wed 23:30 | URL | おやっさん #-[ 編集]

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