気の向くままに

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東洋のマチュピチュ

標高750mの山中にある東平(とうなる)は、大正5年から昭和5 年までの間、別子鉱山の採鉱本部が置かれ、
DSC00858.jpg [当時の採鉱本部]
社宅・保育園・小学校・劇場・接待館・病院が建てられるなど、昭和43年に閉抗するまで4000人もの人が暮らす町として、大変な賑わいをみせていた。
昭和43年の閉抗以降一挙に廃墟化し、1991年に最期の採鉱本部の置かれていた端出場(はでば)ゾーンと、この東平ゾーンが観光施設「マイントピア別子」として開発されましたが、端出場ゾーンと比べ道路事情等により訪れる人は少なかった。
要塞(ようさい)にも古代の建造物にも見える巨大な石積の貯鉱庫と、索道庫を中心とした産業遺跡の景観を、インカの遺跡「マチュピチュ」に例えて、2009年からキャッチフレーズを「東洋のマチュピチュ」としたところ、にわかに脚光を浴び観光客が急増している。
DSC00842.jpg [貯鉱庫と索道庫跡] DSC00865.jpg [貯鉱庫越しに新居浜方面]
DSC00871.jpg [インクライン]DSC00843.jpg [インクライン跡の現在の階段]
階段(220段)を降りると・・・
DSC00847.jpg DSC00846.jpg DSC00876.jpg DSC00879.jpg
DSC00872.jpg DSC00856.jpg←当時の貯鉱庫
貯鉱庫跡からさらに奥へ2kmほど行くと、第三通洞・変電所跡がある。
DSC00862.jpg
  変電所は、3相交流であったことを偲ばせる大きな碍子(がいし)が
  外壁にあり、内部は荒れているが、カマド・風呂・トイレや、裸配線の
  碍子跡から居住空間を垣間見ることができる。


YouTubeに動画あります

 
余談:テレビ朝日の番組収録中の「井口成人」さんに出会いました。
   オンエアは、6月17日のスーパーモーニング(8:00~9:55)の中のようです。
DSC00863.jpg

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